経営者であり、投資家であるという視点から見えるもの
私は経営者であると同時に、投資もしています。
ここでいう投資とは、
短期で儲ける話でも、特別な金融テクニックのことでもありません。
「リスクをどう分散するか」
「一つに依存しすぎない構造をどう作るか」
この問いに向き合う姿勢そのものが、
経営と投資をつないでいます。
投資の話が警戒されやすい国
日本では、投資の話をすると
「怪しい」「詐欺っぽい」
という反応が返ってくることが少なくありません。
これは無理もない話で、
過去に数多くの強引な勧誘や詐欺的な案件があり、
社会全体が“学習”してきた結果でもあります。
だから
「投資をしています」
と言うだけで、距離が生まれることもある。
しかし一方で、
この警戒心が強すぎるあまり、
考えること自体を避けてしまう空気も生まれているように感じます。
今は「何も投資をしない」ことが、必ずしも安全ではない
かつては、
真面目に働き、貯金をしていれば、
生活は大きく崩れませんでした。
ですが今は、
- 物価はゆっくり上がり
- 通貨の価値は相対的に変動し
- 働き方や雇用の形も不安定になりつつある
こうした環境の中で、
何もしない
何も考えない
という選択が、
静かなリスクになっている側面は否定できません。
投資をしないこと=安全、
とは必ずしも言えなくなっています。
経営と投資は、実は同じ構造を見ている
経営をしていると、
一つの取引先、一つの売上、一つの判断に
過度に依存することの危うさを、嫌というほど学びます。
だからこそ、
- 分散する
- 余白を残す
- 最悪を想定しておく
これは経営の基本であり、
投資の考え方とほぼ同じです。
投資とは、
「お金を増やす行為」以前に、
不確実な未来とどう付き合うかという姿勢の話なのだと思います。
投資を語ることが、難しくなった時代だからこそ
難しいのは、
この話を誰にでも軽々しくできない、という点です。
投資には必ずリスクがあり、
向き・不向きも、タイミングも、人それぞれ違う。
だから私は、
「投資をしたほうがいい」と言うよりも、
- なぜ分散が大事だと思うのか
- なぜ一つに依存しないようにしているのか
- なぜ余力を残すことを重視しているのか
そういった考え方の部分を大切にしています。
問題は「やるか、やらないか」ではない
本当に大事なのは、
投資をするか、しないか
ではなく、
何も考えずに流されていないか
という点です。
投資をしない、という選択も
きちんと考えた上でのものであれば、
それは立派な判断です。
ただ、
「怖いから」「面倒だから」「よく分からないから」
という理由で、
思考そのものを止めてしまうことは、
長い目で見ると脆さにつながります。
経営者として、投資家として思うこと
経営も投資も、
共通しているのは、
正解は後からしか分からない
という現実です。
だからこそ、
完璧な答えを探すよりも、
考え続ける姿勢を持ち続けることが重要なのだと思います。
今の時代、
「何もしないこと」が
必ずしも中立ではない。
この事実に、
一度立ち止まって向き合う価値はあるのではないでしょうか。





