最近いろいろなところで『意識高い系』の人が増えているような気がします。
メディアもそのような文脈で伝えることが多くなっているように思います。
そもそも『意識高い系』とは何なのか?
考えてみました。
意識はいつ生まれるのか [ マルチェッロ・マッスィミーニ ] 感想(0件) |
ドラえもんで言えばスネ夫
〇〇系というのはなんとなく個がぼやけて
集団の中に埋没していく感じがあります。
ドラえもんで言えば
剛腕のジャイアンの陰に隠れてえばる
スネ夫といったところでしょうか?
意識高い人の集団にいるので本人が意識高いかどうかは
あまりクローズアップされません。
楽をして、意識が上がった風を装うということです。
意識高いとか低いとかそういうこと言わない
意識高い人は高いのは当たり前でそのことについては
おそらく言及することはないでしょう。
高いのは普通なのです。
だから意識高い系・・・最悪でしょう。
大きな集団にいても最終的な力は『個』の力
大きいな組織にいても抜きんでた存在は『個』の
力で勝負が可能でしょう。
リクルートなんかはそんな感じじゃありませんか?
集団でいても『個』が目立ってしまう存在
そんな存在になりたいですね。
まずい飲食店なんかなかなかないでしょう
意識とはちょっと違うかもしれませんが
東京の飲食店でまずいものにありつくのは難しいことでしょう。
意識と同じで、おいしいのは当たり前。
そこで差がつきません。
ゆがみもそうです、整えるのは当たり前です。
食事うまい系、ゆがみ治し系とはいいません。
意識、意識言いますが
当たり前のように意識は高めましょう。
【おっと!もうひとつ】
どんだけ自転車こいでるんだってくらいこいでます。
【今日の体重】
73.8㌔