
〜高校野球・六大学野球から考える、成長とその代償〜
高校野球の強豪校や、六大学の硬式野球部に入る選手たちは、
10代の頃から“全国レベルの競争”に身を置いています。
彼らを見ているとふと思います。
「こんなに若いうちから激しい競争にさらされるのは、本当に良いことなのか?」
今日は、この問いについて、少し掘り下げて考えてみたいと思います。
✅ 競争が若者を強くする、という現実
確かに、競争の中で育つことで得られるものは大きいです。
- 誰よりも早く“努力の本質”に気づく
- プレッシャーに慣れ、強い精神力が養われる
- 自分の立ち位置を常に冷静に見つめる癖がつく
- 全国のライバルと出会い、切磋琢磨することで、視野が広がる
これは、大人になってから社会で活躍する上でも大きな武器になります。
特に六大学の野球部出身者が、企業で高く評価されるのはその表れでもあります。
❌ しかし見落としてはいけない“影”もある
一方で、競争には必ず「副作用」もあります。
- 負けが続くと、自分の価値まで否定してしまう
- 他者との比較に疲れ、心がすり減ってしまう
- 頑張っても評価されないと、「努力=無意味」と思ってしまう
中には、高校や大学で“燃え尽きてしまう”子もいます。
💡 競争の“善し悪し”は、実は「環境」で決まる
「競争が良いか悪いか」ではなく、
大事なのは、**“どんな環境でその競争が行われているか”**です。
たとえば:
- 失敗しても「そこから何を学んだか?」を見てくれる指導者がいるか?
- 結果だけでなく、「努力や変化のプロセス」も評価してくれるか?
- 仲間と比較ではなく、「自分自身の成長」を喜べる雰囲気があるか?
こうした環境の中での競争は、むしろ**大きな人間的成長を促す“宝”**になります。
🗣 最後に:競争は人生の縮図、だけど
人生は常に競争の連続です。
でも、それに勝つことだけがすべてではない。
「競争の中で、自分らしくどう立ち続けるか」
その問いに向き合う機会を、若いうちに持てたなら、
それはとても価値ある経験だと思います。
だからこそ、競争の中にいる子どもたちを、
結果だけで評価せず、心を支える大人の存在が必要だと感じています。
🌱 競争を「傷」ではなく「糧」にするために
野球でも、勉強でも、人生でも。
若い時期の競争が、いつか**「あの経験があってよかった」と思える日が来る**ように、
私たち大人も関わり方を考えていきたいですね。