高校生から柔道整復師、そして現在の会社経営。僕の治療家20年の歩み

今月は19日で開業6周年。
(続いていればですが・・)

この業界しか知らないという
治療家は今となっては少なくなってきた

希少価値(?)のある存在。
毎日必死てやってきました。

自分は何をやってきたのかと
考えます。

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どうするかな

18歳、なにもしゃべれなかった

高校を卒業してすぐに整体の専門学校に入学し
(その学校は資格が取れないので1年で辞めました)

その学校のツテで
研修を始めました。

高校卒業したてで
本当に何も知らない子供だったのですが

単純に実地しながら勉強した方がいいだろうと
思ってこの整骨院業界に飛び込みました。

この時楽をしようと思えば
学校だけ行って卒業してからでも

研修先は見つかりますが
あえてそれをしなかったことが

今に生きていますし
たくさん働く習慣はもう20年前から根付いていることに

なります。
ここが原点だろうな

柔道整復師の専門学校は
1年間浪人して入りました。

当時はまだ希少性の高い資格だったので
ちゃんと3教科などは勉強して入らないと

入学できませんでした。
その間も臨床にはずーっと出ていたので

現場を長期にはなれることは
6年前この神楽坂の開業の準備の時の1~2カ月くらいの話です。

最初は若いということもあるし、患者さんに気を使って
もらうことも多かったなと思います。

カラダで覚えるススメ

いろいろな技術に早いうちから触れることが
できたのも僕の財産です。

とにかく
『見て覚えろ』ということを徹底して言われていたので

見ていました。
今ではそのような指導法はちょっと向かないと

思いますが当時多くの整骨院はそうだったように
思います。なので知識は後からつけていったということに

なりますがこの方法はいいと思います。
まずはからだで覚えて理論的なことはあとから

この方法だと無駄な時間が少ないし
(学校で習って現場だとロスも多い)

一気に伸びます。

たくさんの悔しい思い

不器用な人間なので本当によく怒られました。
でも子供のころからよく怒られていたので

割と耐性はあります。
悔しい思いもたくさんありました。

ここに書ききれません。

23歳、最もイケイケな時

そして23歳に無事『柔道整復師』になるのですが
この1年は何かイケイケでした。

余談ですがまだ『iphone』が世の中に
ない時代です。

資格者になる、というのは実際は特に変わりは
ありませんが自信というものを持つのでしょう。

23歳から24歳は本当にいろいろなことがあり
凝縮した1年だったのを覚えています。

まあある意味ここ何年かもイケイケと言えば
イケイケですが・・。

分院長の経験

そして26歳で分院長になりました。
ここからは経営者の側面も勉強することになります。

あとは人を育てること
やることが増えます。

でも結果はちゃんとだしたと
思います。

なくなっちゃいますけど

https://unahone.com/all-positive/

ここでの6年間は
本当にでかいです。

 

思い描いていたこと

振り返ってみると
思い描いていたことは

実行は出来ていますが
予定通りにはいかないということ。

神楽坂でもグループ展開は
ここ最近の話ですし

ここから先もいろいろと苦戦は
たくさんするでしょう。

アドレナリンが充満することは
ありますがそれと同等のプレッシャーやストレスは

共存しています。
ただ平穏無事なのはもっと性格的に

嫌なのでこのような現状なのでしょう。

書いててそう思いました。


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【1日1新】

特になし

この記事を書いた人

加藤 隆之院長/柔道整復師・ブロガー・矯正治療家
『キョウセイですべてかわる』ウナギ式背骨矯正法で健康を取り戻します。
開業以来3100日更新のブログ。フランス人まで来院する国際的な整骨院。
9年目に入りましたが淡々と診療にあたっていきたいと思います。

キョウセイで全てが変わる

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